Abstract
【はじめに】理学療法士の臨床推論は症例発表や症例レポートなど、文章を扱って評価されることが多い。しかし、臨床推論の構造化は発展しておらず、記述内容の特徴や違いの把握を含めた定量化と比較が難しい。したがって、臨床推論を構造化し、臨床推論に関する文章を客観的に比較できる環境が必要である。本研究では、そういった理学療法士の臨床推論に関する文章をアセスメント文と定義し、それらを構造化する。
【方法】情報学の知見に基づき、アセスメント文の推論構造をネットワーク化し、複数人の思考過程を同一空間上で比較可能なツールを構築した。ノードには「テスト項目」と「現象」を、エッジには根拠や推論といった「因果関係」を設定した。これにより、理学療法士間で共通する思考と個人的な解釈を視覚的に把握できる。経験の浅いグループ(1-3年)9名と経験豊富なグループ(5-13年)8名の2つのグループに対し、大腿骨転子部骨折の模擬患者データを提示し、アセスメント文を収集した。これらの記述を先に示した方法でネットワーク化した。構成要素や推論の共通性について、平均ノード数(Ń)、平均エッジ数(É)、エッジの共通率(Ć)を算出し、熟達度による比較を含む分析を行った。さらに、本ツールの有用性を検証するため、3名の認定理学療法士を対象に評価実験を実施した。参加者は、可視化された複数名の思考プロセスをもとに、各理学療法士間の着眼点の違いや推論構造の差異を確認し、インタビューおよび意見交換を行なった。
【結果】分析の結果、平均値±標準偏差および共通率は以下の通りであった。経験の浅いグループは、Ń = 9.3±3.5、É = 7.2±2.9、Ć = 10.9%であった。経験の豊富なグループはŃ = 7.4±3.7、É = 6.6±5.2、Ć = 17.5%であった。認定理学療法士による本ツールを用いた評価では、可視化された分岐構造や未言及の項目を通じて、理学療法士ごとの偏りや着眼点の違いが把握可能であることが示された。
【考察】経験の浅いグループは経験豊富なグループより、Ń、Éは高かったが、Ćは低かった。経験の浅い理学療法士は、様々な検査項目とそこから得られた複数の所見を列挙する傾向があり、必要な情報を選別できていない可能性があることを示唆している。逆に経験が豊富な理学療法士は、アセスメント文に記述すべき要素が限定され、無駄な記述が削ぎ落とされた効率化が行われていると捉えられる。一方で、この結果は経験が豊富な理学療法士が自身の頭の中にある推論を、当たり前のこととして処理し、文章上で省略してしまっている可能性も考えられる。評価実験の結果から、本ツールはこれまで把握が困難であった推論構造の差異を客観的に比較できることを示した。これにより、理学療法士ごとの思考の偏りや着眼点の違いの可視化が可能となり、理学療法士や指導者の共通理解を支援できると考える。
【倫理的配慮】実験は関西大学総合情報学部・総合情報学研究科 研究倫理委員会の承認を得た (承認番号:関総倫第2024-28号)。本研究の遂行にあたり、JSPS科研費(課題番号 25K15240)の支援を受けた。