Abstract
近年,理学療法士(以下:PT)の臨床現場では,多くの患者情報の中で迅速な判断とリスク管理が求められており,その中でも臨床推論能力は重要な能力とされている.しかし,PT の臨床推論は暗黙知として扱われ,PT 間で客観的に比較することが困難である.この課題に対して,本研究ではPT の臨床推論の思考過程を記述したテキスト(以下:アセスメント文)を構造化し,ネットワークで可視化することで客観的な比較が可能か検証する.加えて,経験年数や急性期から回復期の差異,提示する患者情報量と検査異常度の差異が臨床推論および共通解に及ぼす影響を検証する.これにより,臨床推論教育に資する知見を得るとともに,初学者PT に必要な支援の方向性を明らかにする.本研究の提案手法では,アセスメント文を「問題点→対象部位→要因説明→根拠データ」の4 項目へ構造化し,ネットワークとして生成する.ネットワークの可視化により,テキストのまま比較する場合に比べて,推論内容をより客観的に比較できることが示された.また定量的評価として,経験年数,大学教員によるパフォーマンス評価点,問題点数,ならびに正答に対する適合率・再現率・F 値を算出し,相関分析を行った.その結果,経験年数の増加に伴い列挙される問題点数は減少し適合率は上昇する一方,再現率は低下傾向を示し,経験を重ねても見落としが生じ得る可能性が示唆された.さらに,単一時点の比較にとどまらず,急性期・回復期の2 時点の患者情報を提示し,初学者群と熟達者群の臨床推論構造にどのような差異が生じるかを検証した.具体的には,大腿骨転子部骨折術後7 日目(以下:POD7)および術後30 日目(以下:POD30)の同一模擬症例を提示し,両群のノード数・エッジ数およびネットワーク構造を比較した.その結果,初学者群ではPOD7 からPOD30 にかけてノード数が有意に減少し,集約ネットワークでは着目点が「筋力」に偏る参加者が多かった.一方,熟達者群ではノード数・エッジ数に有意な減少は認められなかったが,「筋力」に加えて「痛み」など複数の観点から問題点および検査に着目し,より網羅的に評価項目を列挙する傾向がみられた.病期の差異に加え,提示する患者情報量と検査異常度の差異が臨床推論および共通解に及ぼす影響を検証した.専門家の合意による正解は仮定せず,参加者集団で列挙頻度が高い上位5位の「問題点と検査」の組み合わせを「共通解」と定義し,各参加者の適合率・再現率を算出した.模擬症例として,症例A(検査異常度:低い,情報制限),症例B(検査異常度:低い),症例C(検査異常度:高い)の3 条件を設定し,初学者PT11 名,熟達者PT11 名を対象にアンケート調査を実施した.得られた回答から共通解を算出し,共通解に対する適合率・再現率について初学者群と熟達者群の群間比較をMann–Whitney のU 検定により行った.その結果,症例C の心身機能における再現率のみ,熟達者群が有意に高かった.以上より,提示情報量が少なく,かつ検査異常度が低い条件では経験年数による差は大きく現れなかった一方,検査異常度が高い条件では,熟達者群の方が重要と共有されやすい「問題点」と「検査」の組み合わせを取りこぼしにくい可能性が示唆された.
本研究の結果から,初学者は重要な検査や問題点を見落としやすく,臨床推論が偏りやすい
ことが示唆された.そのため,臨床推論教育では,検査・問題点の取りこぼしや推論の偏りを
リフレクションできる支援が必要である.今後は,見落としの低減と推論構造の可視化を目的
としたシステムを構築し,臨床推論教育への貢献を目指す.
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Information
Book title
2025年度関西大学大学院総合情報学研究科修士論文
Date of issue
2026/02/18
Date of presentation
2026/02/18
Citation
高橋 可奈恵. 経験年数と患者情報の差異に着目した理学療法士の臨床推論構造の可視化に関する研究, 2025年度関西大学大学院総合情報学研究科修士論文, 2026.