Abstract
理学療法推論は十分に体系化されておらず,臨床における経験が思考を左右する可能性が示唆されるため,客観的な観点からの比較が難しい.本研究では,支援工学的視点から推論過程を可視化することで,思考の客観的評価の一助となるか検討する.
経験年数1~13年の理学療法士22名に対して,大腿骨転子部骨折術後7日目 (POD7)と30日目 (POD30)の模擬患者データを提示し,必要な検査,起こりうる心身機能の問題点と身体部位を選択させた.経験1~3年の初学者群 (11名)と,経験5~13年の熟達者群 (11名)に分け,ネットワーク分析を行った.ネットワークはPythonライブラリであるNetworkXを用いて,「患者→問題点→身体部位→検査」の有向グラフを作成し,ノード数 (N),エッジ数 (E)を調査した.Nは参加者が回答した問題点,身体部位,検査の総数を示し,Eはそれらを繋ぐ実線の本数を示す.平均のノード数 (Mean N),エッジ数 (Mean E)と標準偏差を算出し,初学者と熟達者のネットワークを比較する.
POD7の結果は,初学者群:Mean N=26.0 ± 16.6,Mean E=103.6 ± 109.6,熟達者群:Mean N=32.8± 20.2,Mean E=134.9± 169.2.POD30の結果は,初学者群:Mean N=15.5± 7.7,Mean E=39.9 ± 35.9.熟達者群:Mean N=17.7± 13.5,Mean E=70.0± 109.1.9年目のネットワークに着目すると,POD7:N=40,E=110からPOD30:N=22,E=56へ変化した.POD7の問題点では筋力や可動域,痛みの他に血液の機能も列挙し,検査では血液検査などに着目していた.POD30の問題点では筋の持久力をあげており,検査は6分間歩行を列挙していた.一方,1年目のネットワークに着目すると,POD7:N=6,E=5,POD30:N=9,E=9 であり,問題点の内容は変わらず筋力であり,MMTやROMの検査を列挙していた.
ICFを基準とした思考をネットワークで可視化することにより,客観的に比較できた.病期による思考の変化だけでなく,理学療法士の思考の違いを観察できた.推論過程を可視化する手法は,教育支援に有効な客観的評価であると考える.